REPORT

書き物:いろいろ活動報告から雑感・妄想・昔話など。

2022-08-09-TUE

#14 憂国のオレサマサイドバック

1993年10月28日夜。石川県金沢市。小さなテレビに向けて絶叫を繰り返す若者二人。
イヤな予感がしたセンタリングのボールは、ヘディングシュートを経て絶望のゴールにゆっくりと吸い込まれていった。
当時大学4年生のホシノくんとボクは、新聞記者として働いていた先輩を訪ねた金沢で、翌日からは《ドーハの悲劇》と呼ばれるあまりに有名なそのシーンを場末のスナックで観戦していた。
店内は一瞬でお通夜のようになり、ボクらは茫然と店を後にした。

大学のゼミで一緒だったホシノくん。就職氷河期にも関わらず、飛びぬけて優秀だった彼はいったいいくつの有名企業の内定をもらったのだったか。
自分に太い芯を持ち、モノゴトに動ぜず、“オレサマ感”が漂いながらもユーモアや愛嬌で周りから愛され許されるキャラ ― まさに引く手あまただったホシノくんが選んだ就職先は、初志貫徹のまま一番泥臭くキツそうな新聞記者だった。

同じく新聞記者を目指していたボクは全くの実力不足で脱線したまま流浪の人生を遊泳する中、ホシノくんは今も記者としてのキャリアを歩んでいる。
日本各地への赴任後、海外の特派員も数か国・・・、そして国際経済をメインのフィールドに今なお記事を書き続けているのだ。

「ボールが来なくてもサイドバックはライン際を走り上がらないとダメなんだよ。たとえ無駄走りのように見えても、それが“効いてくる局面”が絶対あるんだから。何度でも何度でも・・・」。
《ドーハの悲劇》の翌日、東京への帰途、ホシノくんは敗戦を噛みしめながらも熱く語っていた。

思えばこの数十年、デジタル化が進み、情報は消費され、多くのヒトが自分の見たいものしか見なくなってきているようだ。それでも彼は、人々のあるべき豊かな生活や次の世代の希望のために、活字の力を信じて、文章の力を信じて、まだ見ぬ読者に届くと信じて、取材と執筆をつづけている。
せわしない毎日だけど、ちょっと冷静に立ち止まってみると良いかもしれない ― ボクらの目の前には現場を走り回っているジャーナリストたちからの見事なクロスボールがいくつも飛んできているのだ。
およそ30年前、チームのために最後まで戦ったキングカズは今もフィールドで頑張っている。