28：割れる横断歩道

りん坊は信号で「とまれ」ができるワンコだ。
しかもキチンとお座りまでして、赤信号が青になるのを待っている。

通勤・通学、もしくは帰宅のヒトの流れができる朝夕の時間帯、しかも駅前の交差点でりん坊はキメる。
人垣の後ろのほうからでも信号待ちの最前列にスルスルと歩み出て、横断歩道の前でチョコリンと座るのだ。
健気に信号が変わるのを待つフォトジェニックなワンコ。そしてたまに「まだかなぁ～」といった感じで後ろを振り返り、リードを持つこちらを見上げるその仕草･･･。

♪シグナル変わる前に　I will fall in Love
とはよく言ったもので、そのあまりにもカワイイ風情に皆が恋に落ちる。

老若男女に関わらず、横断歩道の両サイドで待つ歩行者の視線が一斉にりん坊に注がれている。
「かわええのぅ」・・・駅前にこだまする人々の心の声が聞こえる。
東京コンクリートジャングルの味気ない信号待ちが、一匹の小犬のおかげで癒しの空間に代わるのだ。

そして信号は青に変わる。
「りん坊、いいよ」と小さく声をかけると、りん坊がプリプリと弾むように歩き始める。
そこはランウェイ。選ばれたモデルだけが歩くことができるパリコレ並みの晴れ舞台。モデルウォークの仔犬はどや顔で自信満々に進んでいく。
もしくはそこはサッカーフィールド。大観衆が見守る中、自在にディフェンスラインを上げる不動のセンターバック。チームを統率するりん坊を中心に、左右を固めるわき役の人間たちも信号を渡り始める。

そしてハイライトは逆サイドからの歩行者たちとの交差の瞬間。横断歩道中間あたりでその瞬間が起こる。
モーゼが海を割ったように、りん坊は前方からの人波をパックリと分断するのだ。
十戒のひとつめは「わたしのほかに神があってはならない」だそうだ。りん坊様の仰せの通りに･･･。

散歩の行き帰り、信号のタイミングによっては２回、降臨（りん）ショーを見ることができる。